ロマンスの物語
ショートドラマ、連載小説、オーディオブック。数分で夢中に、何日も忘れられない。
茨の契約は、四十一日で終わる
アッシェンマーチの街を囲むのは、三百年前の取り引きから育った生きた茨の垣根——通称〈茨垣〉。イドネア・ブラックウォーター、通称イーダは、その茨を剪定する資格を持つ数少ない職人のひとりだ。 ある朝、彼女の鋏が「あるはずのない」心臓茨を傷つけ、赤い血が滴り落ちた。その日のうちに〈茨の宮廷〉から遣わされてきたのが、取り立て人のオシアン・スレイ。三百年ものあいだ、この街が一度も請求されたことのない負債を、今になって精算するという。 このままでは街ごと差し押さえられる。追い詰められたイーダは、とっさに逆提案を口にした。「四十一日だけ、猶予をください」。契約は成立し、その証として、ふたりの手首は生きた茨で繋がれてしまう。 離れれば茨が締まる。眠るときも、食事のときも、隣にいる。冷ややかな取り立て人だと思っていた男は、けれど彼女が棘で指を切るたび、何も言わずに手当てをした。彼女が朝に何を食べるかを、いつの間にか覚えていた。 〈契約記録院〉の古い台帳をふたりで辿るうちに、隠されていた真実が浮かび上がる。差し替えられた一枚の頁。代々ブラックウォーター家の女だけが捧げられてきた貢ぎ物。そして——二百年も前に、すでに完済されていたはずの負債。 偽られた帳簿を正すには、誰かがその差額を支払わなければならない。帳簿に値をつけられないものが、ひとつだけある。 残された日数は、あと四十一日。
氷の帝王と呼ばれた男に、契約で嫁いだはずが溺愛されています
祖父が築き、家族が失った氷河のリゾート「パラダイス・ベイスン」。ジュノー・ペルランは、そこへ戻ってきた。雇い主は、谷の人たちが「悪魔」と呼ぶ男、セヴリン・アドラーホルスト。三年前の雪崩で弟を亡くし、その雪崩を引き起こした許可書に署名したのは私だと、世間もこの男も信じている。 でも、あの署名は偽物だ。それを証明するために、私は契約書にサインした。彼がサインしたのは、私に罪を認めさせるため。始まりは、ただの紙切れ。愛情なんて一文字も書かれていない、冷たい取引だった。 「必要なことだけ話せばいい」。そう言って目も合わせない人が、私の嫌いな食べ物を覚えている。私の部屋のストーブだけ、いつの間にか直っている。気づかないふりをするのが、いちばん難しかった。 調べるほど、話は合わなくなっていく。抵当に入った権利書。名前の出てこない三人目の男。そして、死ぬとわかっている斜面へ送り出された弟。 北壁が崩れ落ちるその日、私が信じられる人はひとりだけだった。――滅ぼすつもりで、ここへ来た相手。
燃え跡の誓い、消すはずだった狼に溺愛されています
山火事調査官のセサリー・アーダウは、上り斜面を駆け上がるはずのない三件の異常な燃焼を説明するため、アッシュフォール・リッジへ向かった。そこで彼女が掴んだのは、口にすれば誰かの人生が終わる秘密だった。この土地の消火部隊を仕切っているのはケトルバック一族の狼たちで、その長であるマラキー・デヴェローは、彼女を生かすためだけに炎の壁の中へ歩いて入っていったのだという。 手のひらに残る火傷の痕は、ただの傷ではなかった。にじゅうに年前、死にゆく一匹の狼が彼女に繋いだ絆の名残り。半分だけ結ばれたその糸は、いま内側から彼女を蝕んでいる。そして協約法の下では、糸の向こう側にいる男にとって、それは死罪にあたる罪だった。 生き延びるために選ばなければならない。彼女を合法にできる、規律に忠実な守護官か。決して彼女を自分のものにしないまま死ぬつもりの、あの狼か。それとも——西の狼たちの土地を焼いている火が、彼らを守ると誓った組織自身の承認印を押されていたという、その事実か。 冷たい横顔の奥で、マラキーはずっと前から彼女を見ていた。気づいていないのは、彼女だけ。
契約婚約は九週間だけ、のはずでした
せんきゅうひゃくじゅういちねんから、この岬の町ペルディタ・ベイを丘の上まで運び続けてきたケーブルカー「アイボリー・ライン」。その運行を任されているのが、ソルヴェイ・マルケッティです。けれど検査にあと二回落ちれば、待っているのは解体だけ。 そこへ現れたのが、路線を廃止するために本社から送り込まれたソレン・ハロウェイでした。揺れた車両の中でつい支え合った、その一瞬。運悪く地元紙のカメラがそれを切り取って、翌朝には町じゅうが二人を「婚約したばかりの恋人たち」だと思い込んでいます。 訂正しようとして、二人は気づいてしまいました。この嘘、本当のことよりずっと価値がある、と。彼女には修復助成金に必要な後継者の名前が要る。彼にはろくじゅうにち公の場で夫婦らしく振る舞えば手に入る信託株と、父親を止めるための議決権が要る。 検査票の裏に書いた、九つのルール。人前だけ、手はつながない、好きにならない――そのすべてを、二人は順番に破っていきます。 そして、お互いに一通ずつ隠している書類があります。相手の人生を壊してしまうその紙が表に出るのは、きっと、いちばん出てほしくない日。
雪に閉じ込められて、氷の獣人アルファに溺愛されています
Sunniva(スニーヴァ)——みんなからは「Nivi(ニヴィ)」と呼ばれている。弟のToby(トビー)が獣人として目覚めてしまった日から、私の人生は逃亡の連続になった。コンコルド領の「名簿」に弟の名前が書き込まれる前に、なんとかこの土地から連れ出さなきゃいけない。 でも、凍った路面にハンドルを取られて、トラックは谷底へ。目を覚ました私を雪の中から掘り出したのは、Rurik Vondrak(ルリク・ヴォンドラック)——冷酷で、誰もが恐れる隣の群れのアルファだった。 彼は、毒のせいで匂いを感じ取る力を失っている。なのに、どうしてか私の匂いだけは分かるのだという。 「三日後に役人が来る。それまで、俺の番のふりをしろ」 そうして始まった、よんじゅう日間の偽りの求愛。ひとつ屋根の下、見張りの目に囲まれて。素っ気ない態度の裏で、彼は私が食べられないものを覚えていて、寒がる私のためにいつの間にか薪を足している。……この人、本当は何を考えているんだろう。 ふりのはずだった絆は、少しずつ本物に変わっていく。けれどその頃、私はひとつの事実にたどり着いてしまう。彼から匂いを奪った毒は、母が遺した調合書と同じものだった——。 群れも、弟も、そして私自身も。すべてを「合法的に」奪いに来る者がいる。その足音は、もうすぐそこまで来ていた。
契約リフォームのはずが、私を潰した男に溺愛されています
マリソル・エチェベリアが建築リアリティ番組「ラスト・スタンディング」に出たのは、たったひとつの理由だった。賞金さえ手に入れば、祖母の木工所を取り戻せる。海辺の小さな島に建つあの工房は、三年前に「危険建築物」の札を貼られ、閉ざされたままだ。 ところが番組が組んだパートナーは、その札を貼った張本人、オーデン・マーチモントだった。無表情で、隙がなくて、何を訊いても答えない男。しかも二人は、全室にカメラが仕込まれた古い一軒家に、六十日間、一緒に閉じ込められる。彼は守秘契約に縛られていて、あの日、工房の壁の中で何を見たのかを口にできない。 抜ける床。嵐の夜。停電した部屋で、ろうそくの明かりだけを頼りに過ごす時間。そして番組は途中でルールを変える。「賞金は一人だけ」──組んだ相手と、最後は必ず争うことになる。 なのに彼は、いつも先に動いている。私が痛めた手首に気づいて工具を持ち替えている。私の苦手な食べ物を、黙って皿から避けている。三年前から、この人はずっと──。 絶対に許さないと決めていたはずの男。彼の名前を呼び捨てにしてしまったあの夜から、何かが静かに崩れていく。真実は、勝つことより価値があるのか。そして、一度も折れたことのない男が、生まれて初めて、自分から何かを壊そうとしている。
深夜二時を過ぎたら、恋は記録に残らない
外資系ホテル「オストランダー」の立て直しを任されたIolanthe・Vetterli、通称Yola。期限はきゅうじゅう日。サインした行動規約には、ハラスメント相談ひとつで自分のキャリアが終わると書いてある。けれど彼女はまだ知らない。この建物を丸ごと切り捨てるつもりでいるのは、ほかでもない雇い主のほうだということを。 六年間、このホテルの夜を守ってきたのはOttoline・Sarkis-Reyes、みんなが呼ぶ名前はOtto。彼女は毎晩、静かに四十室を無料で人に渡していた。せんきゅうひゃくにじゅうしち年から誰も開いていない、古い台帳のページの上で。 最初はただの取り決めだった。深夜二時を過ぎたことは、何ひとつ数えない。それだけのはずだった。非常階段、使用停止中の客室、監視カメラの死角。人目を避けて重ねた時間は、いつのまにか二人だけの秘密になっていく。指先が触れるたび、声が低くなるたび、戻れない場所へ近づいていくのがわかる。 そして、二人を破滅させるはずだった書類の山が、このホテルを救える唯一の証拠に変わる。 静かな夜と、言葉にならない距離。朝が来る前に、名前の呼び方だけが変わっていく——大人の恋愛サスペンス。